ディープオブマッスル

『キン肉マン』に登場する超人たちの、漫画では明かされなかった秘話を描いた小説作品。
これは面白い所に目を付けたものだと思う。
特に気になるのが、下記の6つだ。
エピソード1 「超異色コンビ誕生の秘話」正統派正義超人スカイマンと世界三大残虐超人のひとりカレクック、ふたりの出会いからコンビ結成まで。
エピソード2 「幻の残虐集団! 真ソルジャー伝」真キン肉マンソルジャーの過去と、真ソルジャーチームの知られざる戦いの軌跡。
エピソード3 「ザ・ニンジャ 魔道転生の秘密」若き日のザ・ニンジャが悪魔超人界へと身を落とすまで。
エピソード4 「夢の島のミキサー大帝!」ミキサー大帝の悲しき誕生秘話と、マリポーサチーム加入までの足跡。
エピソード9 「ブラックホール&ペンタゴン 白と黒なる従兄弟タッグの秘密」ブラックホールとペンタゴン、切っても切れない深い縁で結ばれたふたりの、幼き頃からの長きに渡る誓いのドラマ。
エピソード10 「盗っ人ジョージ伝~悲劇の王子・マリポーサ~」キン肉マンマリポーサの半生と、彼が王位継承候補に名乗りをあげた本当の理由。

個人的な体験

大江健三郎の長男は、脳ヘルニアのある障害者でありその実体験をもとに、長男の誕生後間もなく書いた作品が、「個人的な体験」だ。
しかし主人公のバードは、大江自身ではなく、近い境遇に置かれた別人を描いたとのこと。
三島由紀夫は、作中の人物像に触れ、この様に述べたと言う。
このやうな人物像は、大江氏の方法論に背馳してはゐないだらうか? 一般人の側から絶対に理解不可能な人間、しかも鋭い局部から人間性を代表してゐるやうなものを、言語の苦闘によつて掘り出して来ることが、氏の仕事ではなかつたか? かくしてこの小説の末尾には、ニヒリストたることをあまりに性急に拒否しようとする大江氏が顔を出し、却つて人間の腐敗に対する恐怖があからさまにひろがつて、逆効果を呈してゐる。
暗いシナリオに『明るい結末を与へなくちやいかんよ』と命令する映画会社の重役みたいなものが氏の心に住んでゐるのではあるまいか? これはもつとも強烈な自由を求めながら、実は主人持ちの文学ではないだらうか?

ドンキホーテ

ドンキホーテは、騎士道物語を読み過ぎて妄想に陥った郷士の主人公が、自らを伝説の騎士と思い込み、「ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ」と名乗り、痩せこけた馬のロシナンテにまたがり、従者サンチョ・パンサを引きつれ遍歴の旅に出かける物語である。
1605年に出版された前編と、1615年に出版された後編がある。
旧態依然としたスペインなどへの批判精神に富んだ作品で、風車に突進する有名なシーンは、スペインを象徴する騎士姿のドン・キホーテがオランダを象徴する風車に負けるという、オランダ独立の将来を暗示するメタファーであったとする説もある。
実在の騎士道小説や牧人小説などが作中に多く登場し、書物の良し悪しについて登場人物がさかんに議論する場面もあり、17世紀のヨーロッパ文学についての文学史上の資料的価値も高い。

チェスの動き

鏡の国のアリスは、チェスのゲームになっているのが凄い。
暖炉の前で糸を繰っていたアリスは、毛糸玉を解いてしまった子猫のキティをしかり、そのまま子猫を相手に空想ごっこを始める。
その延長で鏡の中の世界を空想しているうちに、アリスは実際に鏡を通り抜けて鏡の世界に入り込んでしまう。
鏡の中の暖炉の前では、チェスの駒が意思を持って動き回っているが、はじめ彼らにはアリスの姿が見えず、アリスは彼らを持ち上げたりして驚かせる。
アリスは鏡文字で書かれた本の中の詩を鏡に映すことによって読みとったあと、戸外に出かけてゆく。
アリスは丘に上ろうとするが、道がアリスの意思に逆らって何度もアリスを家の前に戻してしまう。
そのうちにアリスは喋る花々が植えられた花壇に行き当たり、オニユリやバラなどと言葉を交わす。
そこにアリスくらいの背丈になった赤の女王が通りかかり、アリスはあえて逆方向に進むことによって女王に追いつく。

画期的なミステリー

ミステリーは、犯人のパターンが出尽くしていると思われている。
ところが、犯人が最後まで物語に登場しない、という画期的な作品がある。
宮部みゆきの「火車」だ。
伝聞や状況描写の間接的な描写のみで描き切ってしまう。
これは相当凄い手法だ。

恐怖をテーマにすると

「恐怖は人類の最も古い感情である」というラヴクラフトの名言がある。
それを反映して恐怖の対象として描かれたものは多岐にわたり、古くは神や霊、吸血鬼等といった超自然的な物事が扱われた。
宇宙から見た人間存在の儚さ、疎外感を恐怖と感じれば、それも恐怖小説のテーマとなりうる。
近年では人間心理の謎を扱うサイコホラーも人気である。
しかし一方で、発達障害や精神疾患に対するステレオタイプな誤解をもたらす可能性もある。
スタイルや恐怖の対象によって、ゴシックホラーやモダンホラーという分類もある。
ホラー小説とホラー映画の間には、同じ怪奇を扱っているという以上の強い関連がみられる。

他ジャンルからも進出

歴史小説は、書き手にとって魅力的なものなのだろうか。
近年、推理作家の黒岩重吾、SF作家の高橋克彦、ハードボイルド作家の北方謙三といった、他ジャンルからの作家の活躍も目立つ。
戦後、司馬遼太郎らによって歴史小説は大きく変化した。
司馬は独自の視点から、『竜馬がゆく』『坂の上の雲』などの作品を発表、その後の歴史小説に大きな足跡を残すことになった。
江戸川乱歩賞作家の陳舜臣は、中国史に題材を求めた『阿片戦争』などを書き、吉村昭は「記録小説」と呼ばれるジャンルを開拓した。
女流作家として永井路子、杉本苑子、安西篤子らの活躍も目覚しかった。
大物作家でも、吉川英治は『私本太平記』、海音寺潮五郎は『天と地と』などを発表した。
中でも山岡荘八の『徳川家康』は、異例の長期新聞連載となり、空前の「家康ブーム」を巻き起こした。

小説になりそうな

直接小説とは関係ないが、小説になりそうな数奇な人生を歩んだケースとして。
大村昆の高校卒業後は、神戸のキャバレー新世紀のボーイなどの仕事をしていたが、20歳前に肺結核で片方の肺を喪失し、「あなたは40歳で死ぬ」と医者から死の宣告をされる。
限られた命ならばと、亡き父の影響で好きだった喜劇の世界へ足を踏み入れることとなったという。
テレビの番組のオーディションで知り合ったカンツォーネ歌手の妻瑤子は、片方の肺を失いながらも必死に働く崑を日々支え続けた。
二人の出会いのキッカケとなった「愛の讃歌」を瑤子が歌うのを聴くと、崑は涙を流す。
喜劇役者でも、裏には色々人に言えない泣きも苦しい事もあった。
笑いの陰には涙があった。
崑が現在も健康でいられるのは、最愛の妻の献身のお陰である。
悪性腫瘍が腸に出来たこともあったが、幸い内視鏡手術で切除でき、驚くべき事にその日には『午後は○○おもいッきりテレビ』の生放送にも出演するほどの体力があったという。
そして有名な、オロナミンCのCMヒットに繋がっていく。
現在、80歳を超えてご存命なので、医者に言われた年の既に2倍生きていることになる。
非常に勇気づけられることだ。

直木賞発足当初の傾向

発足当初の対象は新人による大衆小説であり、芥川賞とは密接不可分の関係にある。
また、運営者である日本文学振興会の事務所が社内に置かれている文藝春秋から刊行、あるいは同社の雑誌に掲載された小説に対して多く授賞している傾向があり、文藝春秋とも事実上不可分の関係となっている。
創設時、選考の対象は「無名若しくは新進作家の大衆文芸」であったが、戦後になり回を重ねるごとに芥川賞と比べて若手新人が受賞しにくい傾向となった。
これは1つには各回の選評にしばしばあるように大衆文学を対象とする賞の性質上、受賞後作家として一本立ちするだけの筆力があるかどうかを選考委員が重視したためであり、背景には「大衆小説は作品を売ることで作家として生計を立ててゆく必要がある」という考え方があったものと推測される。
また創設時にはまだ新進のジャンルであった大衆文学の分野における実質唯一の新人賞であった直木賞が、戦後多くの出版社によって後発の大衆文学の賞が創設されていく中にあって、当該分野の中でもっとも長い歴史と権威を持つ、大衆文学の進むべき方向を明らかにする重要な賞として位置づけられるようになったこととも関係があるだろう。

阿部牧郎

サラリーマン生活の傍ら作家活動に入り、1968年に『蛸と精鋭』が候補になって以後69~71年にかけて7回直木賞候補になる。
1987年『それぞれの終楽章』で第98回直木賞受賞。
処女作から受賞作までの悪戦苦闘の足跡を綴った自伝的小説に『大阪迷走記』がある。
官能小説家として多くの作品があるが、野球に関する小説も多く、直木賞候補になった『失われた球譜』以後『狼たちの笑う日』や『ドンキホーテ軍団』、『焦土の野球連盟』などフィクション、ノンフィクションの区別なく秀作がある。
また、『危機の外相 東郷茂徳』、『英雄の魂 小説石原莞爾』、『豪胆の人 帝国陸軍参謀長・長勇伝』などの評伝小説も多い。
読売ジャイアンツの大ファンである。
また競馬ファンでもあり、1976年の春の天皇賞が一番印象に残っているとNHK競馬中継でゲストで出演した時に語っていた。
音楽に造詣が深く、管弦楽曲、ピアノ曲などのクラシック作品が効果的な情景描写として使われることも多い。
また50代になってから正規のレッスンによりオーボエ演奏を習得した。